魔術バカと天使の輪

俺はシハキク。このチームで盗賊役をやっている。本当はすごい剣を手に勇者とか英雄とかになりたかったんだが……今はそのことはいいんだ。それよりも、仲間のうちの2人、魔術バカたちについてのちょっとした話をしよう。あぁ、本当にちょっとしたことだから、期待しないで気軽に聞いてもらえると嬉しいね。

ある日、宿に取っている大部屋で、子供ながら既に魔術の才能を発揮しているタテイスが難しそうな本を読んでいた。そのときは部屋に俺ともう1人、タテイスの魔術の師匠とも言えるロメルネしかいなかった。この2人はマジで魔術バカだ。タテイスはまだその道に足を踏み入れたばかりだが、ロメルネのほうは生活どころか人生を魔術のアレコレにつぎこんでいる。いやもちろんそれは本人の自由だけどさ。ともかくそんな2人は歳の差が親子ほど、いや爺孫ほど離れてるのに、まるで長年にわたり机を並べて共に学んできた好敵手! …みたいに熱い議論を戦わせたりするわけだが。

その日はそういうこともなく、静かで穏やかな時間が流れていた。賑やかな女子2人もいなかったしな。俺も道具の手入れをするのに、なんとなく音を立てないようにしてみたり。気を遣ってとか、そんな堅苦しいものじゃなく、この空気を壊したくなくて、一緒に味わっていたくて。

そんな中、ふとロメルネに視線を投げたのは、何故だったのか。何をするでもなく、本を読むタテイスを瞳に映すその表情は……喜怒哀楽が抜け落ちたような、それだった。

「——ッ!?」

思わず息を呑んだ。何を、考えている? いつもとあまりに違う様子に、悪いことばかりが浮かんでくる。実はタテイスの才能に嫉妬していた? それならまだいい、まさか、情欲の目で見ていたり……とか、やめてくれよ本当! いやお互いが想い合ってるなら歳の差は俺らが騒ぐことではないとしても! あいつはまだまだ子供なんだから! 今ここには俺しかいない。俺が、守らないと!

「ロメルネ……! なに考えてるんだよ……!」

小声で叫ぶという器用なことをしながら、ロメルネに詰め寄った。このときの俺は自分の怖い想像に取り憑かれていて冷静さを失っていた。ちょっとだけ言い訳をさせてもらうならば、タテイスのことが心配だったし、同じくらいロメルネのことも心配だったんだ。

「シハキク……? あ、えぇ、タテイスの髪に、キレイな天使の輪ができていて……」

だからなんだよ!? 天使みたいに可愛いってか! 性格はどっちかというと悪魔だけどな! ……いや、ちょっと落ち着こう。だんだん冷静になってきた。言われて見てみれば、確かにタテイスの髪がそこに光の輪があるかのように輝きをまとっている。生まれや育ちを詮索したりはしないが、どうやらいいところのお嬢さんだったらしい。それが関係あるかはわからないが、冒険の日々を送るようになってもその髪艶は失われていない。

「あの輪に魔術陣を刻むとしたらどのようなものがいいか……、もちろん光の反射なんて不定形なものは陣に出来ませんけど、どうも円だとか輪だとかを見るとつい魔術陣のことを考えて没頭してしまうんですよね……。それでシハキク、何か用でしたか?」

「……」

バカ! お前はバカだ!! 俺の心配を返せ!! と俺が憤慨しているとタテイスが読書を中断して「わかります。私も丸いものを見ると魔術陣を書き込みたくなります」とか言いながら深く頷いていた。お前もか……。


なんてことがあったんだよ。ほらな、たいしたことなかっただろ? そのあとはいつもの魔術論議が始まってさ、俺が勝手に勘違いして1人で騒いでただけだったけど、あーもうまったくこの2人は! って思った出来事だったんだ。