突然の豪雨と魔術師ジョーク

依頼を終えた帰り道。先程まで晴天といっても良いくらいだった空は、気付いたときには分厚い雨雲に閉ざされ、あっという間に大粒で激しい雨を降らせていた。季節は夏。この時期に特有の天候は、数時間もすればまた晴れ間を覗かせるだろうが、のんきに豪雨に打たれているわけにもいかないだろう。

銘々どうにも出来ない自然へと文句を言いつつ、雨宿りが出来そうな場所を探しながら足を早める。なかでもリーダーを押し付けられ、堅物と言われる戦士のリレケムは、仲間の安全——特に、まだ子供で身体の出来上がっていない新人魔術師のタテイスの体調——を心配していた。

「なあ、ロメルネ。魔術でこの天気を晴れにすることは出来ないか?」

無理を言っていると自覚しながらも、リレケムはつい、少し後ろを追走する仲間の老魔術師に尋ねた。問われたロメルネは、自分が羽織っているローブの中に匿っている、彼の弟子でもある少女のタテイスを伺い見てから答える。

「頭上の雲を吹き飛ばすことは出来ますが、効果は一時的ですぐに自然則により元に戻りますし、本来は多人数で行う魔術なので、今だと私の命と引換えでの発動になりますが、どうします?」

普段は物静かだが魔術のことになると饒舌になるその老魔術師から奔流のように紡がれた返答を、リレケムはすぐには理解できなかった。が、命と引換え、のところだけは脳に直接届いたかのように、はっきりと聞こえた。おそらくは、彼も本気ではないだろう。出来るかと聞かれたから、答えた。こちらとて、出来るのか聞いただけだ。何かを犠牲にしてまでやってもらおうなんて、思ってもいない。ただの愚痴や雑談といってもいいくらいだ。仲間への心配、天候急変への苛立ち、雨でずぶ濡れになっている不快感、そんなものがこぼさせた、なんてことない、ひとこと。

「…あ、いや。違うんだ、すまん」

それでもリレケムは己の軽率さに心底落ち込んだ。自ら望んだわけではないが、自分はリーダーという立場であり、自分の決定によって仲間の命を奪うこともあるのだと、不意に、実感してしまったのだ。そうなると暗い思考は加速していき、このまま大雨に濡れたタテイスが高熱を出して儚くなってしまったら……なんていうことまで考えてしまう。そんな、帰路を急ぎつつも思考に嵌っていたリレケムに、タテイスの気遣わしげな視線が届くことはなかった。


「……(ただの魔術師ジョークだったのですが。いえ、言っていることは事実ですけど)」

「……(吹き飛ばした雲間から差す光を『天の道』、つまり死者の魂が昇る道に例えて、自分で作った天の道を自分が昇っていたら本末転倒じゃないですかー!? というツッコミを彼は知っているのでしょうか。私が言うべきですかね?)」