生きる理由(老魔術師ロメルネ視点)

何か悩みがあるのでしょうか

道に迷っていたタテイスを拾い、2人パーティーとして依頼を受けたり魔術の研究をしたりしていくうちに、子供魔術師見習いと魔術しか取り柄がないとも言える私だけでは、いささか不安な場面が出てきた頃。たまたま常宿で臨時パーティーを組んだ6人が思った以上に息が合い、それぞれ2人組だったものが、それぞれの不足を補い合うように1つのパーティーへと成ったのは自然の流れでした。年齢も性別も生い立ちもバラバラで、種族だけは皆が人間という程度。それでもずっと共にいたかのような、不思議な温かさがありました。

我が弟子とも言えるタテイスも物怖じや人見知りをするタイプではなく、初めは多少の警戒心を見せていたものの今では仲間の輪に入って団らんを楽しんでいます。

しかし、ふとした瞬間に何か思い悩むような表情を浮かべるようになったのは、割りとすぐのことでした。…状況から鑑みれば、大所帯になったことが原因でしょうか。けれどそれなら年若くとも優れた頭脳をもつ彼女のことです。冷静に問題点や改善案を提示してくることでしょう。遠慮している……のでしょうか? そうだとしたら、個人的な理由などでしょうかねぇ。

お悩み相談会

「タテイス、なにか悩みでもあるのですか?」

「「「「「えっ!?」」」」」

昼食後の一服。緩んだ空気に一石を投じてみます。誰も居ないところで聞いてみても、口の回るこの弟子が相手では恥ずかしながらはぐらかされてしまいますからね。逃げ道を塞ぎ、隙きを突く作戦です。付き合いの短い他の仲間は気づいていなかったのでしょう、驚いています。そして更に戸惑いを滲ませて驚きを隠せないでいる小さな女の子に微笑みを向けます。

「あなたは子供なんですから、困ったときは年上に頼っていいんですよ」

冒険者に年齢は関係なく、仲間なのだから対等である。いつもは、特に依頼中などはそのような心得でいます。そもそも私は他人に気を遣う人間でもありません。でも、彼女は他人ではありませんからね…。

「そうよ〜、何でも聞いてちょうだいよ! 恋愛? それとも欲しいものでもあるの?」

「私も役に立てるかはわからないけど、相談にのるわ」

もうひとつの目論見である、仲間からの援護射撃も得られたところで、珍しくあたふたと落ち着きのないタテイスを見守ります。少しの間、逃げ道を探すように視線をうろうろとさせ、確認をするようにこちらに目を合わせてきたので勇気づけるようにしっかりと頷きました。大丈夫だから、言ってご覧なさい。

「……みんなは、なんのために、生きてるの?」

おっと、これは。思ったよりも深刻な悩みのようですね…。

脳筋女戦士セラニナ

「…わ、私はお酒よ!? 美味しいお酒は生きてないと呑めないでしょ!?」

なんでも聞いてと豪語した手前か、自他共に認める脳筋女戦士がことさら明るく言い放ちました。そんなに力強く言い切られるとアレな内容ですが、酒を魔術に置き換えれば私も同じです。…一緒にされたくないという微妙なプライドもありはしますが、まあいいでしょう。

「じゃあ、死後の世界でいちばん美味しいお酒がのめるなら、どうする…?」

突然の例え話に女戦士が虚を突かれたように目を丸くし、考えをまとめるためか視線を上に下にとぐるぐる回しました。そして、ふっと優しい表情を浮かべて応えます。

「それなら死ぬのがちょっと楽しみになるかもね。…でもね! いちばん美味しいものだけを呑めればいいってもんじゃないのよ? そもそも、それぞれに良さがあって、悪いとこだって時にはそれが良さになったりするの! タテイスにはまだわからないかもしれないけど、お酒って〜」

途中から得意げな様子で語り始めたのをなだめつつ、密かに感心しました。脳筋と言われながら、この方は折々に深みのある言動をするんですよね。タテイスを伺い見れば、やはり今の発言から何かヒントを得られた様子。そして今度は誰が何を言ってくれるのかと小さな瞳がキラリと輝きました。えっ これ全員が言う流れですか…?

リーダー兼盾役リレケム

「俺はそうだな、重い話になってすまないが、俺を守って死んでいった仲間たちが…、俺が生きることを望んで、許してくれたからだ」

我らがリーダーが、重量級の体を縮こませて彼女に目線をしっかりと合わせ、慎重に言葉を選びながら語りかけます。今度はタテイスが虚を突かれたような顔をして、やはりというか問いました。

「…本当は、生きていたくない?」

「そう思っていたこともあったが、死ぬことは出来なかった。だから、生きることにしたんだ」

言葉少なに語られたことは、この賢い少女にも難しかったかもしれません。なぜ死ねなかったのか、どんな思いで生きる決意をしたのか。仲間たちより長く生きている私でも、想像の域を出ないでしょう。それでも彼女は声なき思いを受け止めるように、ゆっくりと頷きました。

勇者に憧れる盗賊役シハキク

「俺はさ〜、大した理由なんかないぜ? 勇者には憧れてるけど、人生かけてるわけでもないし。死ぬ理由も願望もない。どうせ生きるなら楽しい方がいいだろ?」

重くなった空気を混ぜっ返すような、軽やかな声が踊りました。盗賊役を買って出てくれている若者です。彼もまた不思議な質で、チャラチャラした優男に見えるも、周囲をよく見た言動をします。先程の脳筋女戦士が天然ムードメーカーであるなら、こちらは人工のといったところでしょうか。

「それは、そうだけど…」

そんな簡単には吹っ切れられない、のでしょうね。

聖職者の娘ミモネル

「あのね、タテイス。理由なんてなくてもいいのよ。ここに命がある。それだけでいいの」

見習い聖職者の少女が後押しするように、少しだけぎこちない笑みを浮かべてタテイスの手を取りました。ここにいる全員が聖北の徒というわけではありませんが、慈悲を感じずにはいられない声色で。ついには言葉を発することも出来ず、それを受け取っても良いのか分からず、先程より明確に戸惑いをのせた視線を向けられた私は、さっきと同じように頷きます。

老魔術師ロメルネ

「私は言うまでもなく魔術を極めるために生きています」

「あ、うん、知ってる…」

タテイスを拾ってからずっと、言っていることです。面倒は見るつもりであるが、私の魔術研究の邪魔をすることのないようにと。最初は今ほど気安い関係ではなく、彼女の頭の良さと魔術適正に気づいてからも優秀な弟子を得た喜びしか感じていなかったはずなのですが。いつの間にか彼女の成長を助けることや見守ることが、私のもうひとつの生きる理由になっていました。

「あなたの生きる理由が見つかるまで、半分だけ貸してあげてもいいですよ?」

「……! そ、んなこと言って、研究を手伝わせる気ですねっ」

なんと言ってあげるのが正解かなんてわかりません。初めからやりたいことがあった私は、そんな難しいことを考えたこともなかったと思います。けれど「理由を探すために生きている」とか「いつか見つかる」なんて今まさに悩んでいる彼女に言うべきことではない気がして。ましてや「私の後継者になるために」なんて押し付けも甚だしいですし。せめて師匠として、自分の持っているものを分けてあげられたらと思ったのですが。照れながらも、いつもの勝ち気な雰囲気が戻っていますので、良かったみたいですね。

おまけ

「タテイス、借りパクって知ってるか〜?」

「な、私はそんなケチじゃありません! たっぷり利息をつけて返してあげますよ!? 首を、なが…ぃ…キして待っててくださいね!!」

私まだそんなすぐ死にそうな歳じゃありませんよ!!?